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The Economist:表紙づくりのウラ話(2020年11月7日号)

The Economistの定期購読者限定で、毎週初めに、最新号の表紙デザインをどう決めたか?という編集部ウラ話がメールで送られてきます。このストーリーを読むと、その週のThe Economistの主張が見事に表紙デザインに反映されていることがわかります。

さて米国の大統領選挙を特集した今週号。投票後の決着がつかないまま印刷の締め切りを迎えることになった編集部のギリギリの賭けとは。。。

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今週はこの表紙デザインの編集部ウラ話!

選挙を特集した今週号の表紙は、米国にとって特別な意味を持つものです。本誌表紙デザイナーもいつになく状況に翻弄される1週間となりました。問題を一言で言えば、印刷の締め切りが水曜日の夜で、大方の読者が表紙を目にするのが、米国の選挙の結果がすでに判明しているかもしれない木曜日の夜遅くか金曜日だということでした。(実際のところは、ついさっき、ジョー・バイデン氏が大統領選挙の勝利に必要な選挙人投票数270票に到達したばかりです。大統領選および上院・下院選の最新ニュースと分析記事も併せてご覧ください。)

安全策を取ればピントの外れた表紙になりかねません。一方で先を読んで勇み足になると誤報のリスクがあります。あらゆる見出し記事の担当者の脳裏に焼き付いているのは、1948年11月3日のシカゴ・トリビューン紙の誤報(訳注1)。明らかに、このジョークはハリー・トルーマンには通じませんでした。

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間違いは起こるものです。実は先週のこのレターで、本誌が「ドナルド・トランプに投票するな(Donald Trump)」と読み替えた広告版を掲示した(訳注2)とお伝えしましたが、これは何者かのなりすましによる虚偽の画像(訳注3)でした。ここに誤りをお詫びして訂正します。しかし、絶対に許されない誤りも存在します。選挙結果の伝達は正しく行う必要がありました。

 

それゆえに、今週号についてデザイナーはあらゆる結果を想定して準備しました。本誌は、バイデン氏がフロリダで勝てば早い段階でバイデン氏が勝利する可能性があると見ていました。また、ドナルド・トランプ大統領が勝利するとすればペンシルベニア州で勝つ必要があり、同州での郵便投票の開票が遅れて始まることから、勝利の確定には時間がかかると考えていました。さらには勝敗がつかない状況もあり得ると想定していました。

こうしたことを念頭に置いた初期の案のいくつかがこちらです。

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ワーナー・ブラザースをほのめかすような表紙はコミカルで、ホワイトハウスの主によるパフォーマンスショーを思い起こさせます。しかし、このような重大局面が持つ意味を正しく表現するものでは到底ありませんでした。また、これからマイクを握る人物でなく、ステージを去る人物にフォーカスが当たっています。

ソファの構図もどこかコミカルです。これまでの展開に疲れ果てた人々は、「間違った」結果が出るかもしれないと恐怖を感じながらも、ひたすら終わりを望んでいます。トランプ大統領の4年間で米国は大きく分断されたことを思えば、皆が同じソファの後ろに隠れていること自体がこの案を風刺画にしています。

 

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結果の不確実性に対応するためのもう一つの手段は、すでに分かっていることに集中することです。この表紙は、米国社会の分断を強調することで、混とんとした状況の中ですでに確実なことを示そうとしています。真ん中の裂け目は、党派の対立をうまく象徴しています。このアイデアは完成した表紙に採用されました。しかし、米国社会の対立は南北だけではなく、都市部と地方、沿岸部と内陸部、信者と非信者など、数え挙げればきりがありません。

 

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また、はっきりと勝敗がついていなくても、どちらかにレースが傾いているという感覚はあるだろうと思いました。これらのデザインには、文字でそれを伝えることができるという利点があります。デザイン画とは違い、文字ならば締め切り直前まで手を加えることができます。

 

水曜日の早朝、複数の激戦州で、トランプ氏の得票率が世論調査の予想よりもずっと高いことが明らかになりました。どちらが勝ってもおかしくありませんでした。そうとはいえ、印刷の締め切りが迫っていました。2つの選択肢がありました。

 

 

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こちらが緊急時の選択肢でした。締め切りが近づく中でまったく勝敗の行方がわからない場合はこちらで行こうと決めました。接戦が扇動や訴訟に発展する可能性もありました。この時点ですでに、トランプ氏は票が盗まれたとの主張を開始していました。タイトル文字は、戦時中のイギリスのスローガン(訳注4)をもじったもので、開票が進む中で米国が秩序を保つことを訴えています。

 

時間が経つにつれ、バイデン氏の優勢が伝えられるようになりましたが、当選確実かどうかはわかりませんでした。まだトランプ氏が270人の選挙人を獲得する可能性は残されており、訴訟の動きも見せていました。私たちは印刷会社に頼み込んで締め切りを木曜日の午前7時まで延ばしてもらい、なんとかあと数時間の猶予を得ました。

 

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その新しい締め切り時間が迫る中、こちらの選択肢を取ることに決めました。この表紙は、勝敗の行方がバイデン氏に傾いているのを明示しています。一方で、トランプ氏もまだ陰に潜んでいて、前面に飛び出る隙をうかがっています。裂け目が共和党の赤と民主党の青を分断しています。そして最後の最後まで、タイトル文字をどうするかの議論を戦わせました。この案のように、バイデン氏の勝利を宣言するだけにとどめるか?それとも、より中立的に、接戦となったことを強調するタイトルにするか?

 

結局、私たちはすでに分かっていることだけを伝えることにしました。デューイがトルーマンを倒した、というあの誤報の教訓を思い出して。

 

(訳注1)

1948年11月3日のシカゴ・トリビューン紙の誤報については、こちらの記事が参考になります:デューイ、トルーマンを破る - Wikipedia

(訳注2)

先週のレターはこちら。3つ目に掲載された画像のことを示しています。

(訳注3)

問題の画像が虚偽だったことについては、こちらの記事が参考になります:Is »The Economist« really campaigning against Donald Trump with billboard ads? | by Tibor Martini | Tibor Martini | Medium

(訳注4)

戦時中のイギリスのスローガンとは「Keep Calm and Carry On (平静を保ち、普段の生活を続けよ)」のこと。こちらの記事が参考になります。ここから「Keep Calm and Count On(平静を保ち、開票を続けよ)」ともじっています。

 

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Weekly edition:表紙づくりのウラ話(2020年10月30日号)

The Economistの定期購読者限定で、毎週初めに、最新号の表紙デザインをどう決めたか?という編集部ウラ話がメールで送られてきます。このストーリーを読むと、その週のThe Economistの主張が見事に表紙デザインに反映されていることがわかります。毎週、読みごたえのある大量の記事を発信するだけでなく、主張を端的に反映した表紙イラストも見どころのThe Economistですが、今週号の表紙も秀逸です。星条旗の破れに注目してください。。。

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今週はこの表紙デザインの編集部ウラ話!

今週はエコノミスト誌の表紙デザイナーにとって重要な1週間でした。今週号は、米国の次期大統領としてなぜジョー・バイデンに一票を投じるべきなのかを論じています。そのために大きな議論をとりまとめ、論点を明確にし、多数の読者の印象に残るメッセージを投げかける必要がありました。

 

どの選挙も重要ですが、今回の米国大統領選挙はとりわけ重要です。アメリカの民主主義の本質が問われる選挙だからです。一つの選択は、米国大統領という職責を果たせていない人物が牛耳る対立的で個人的な支配につながり、もう一方の選択は、それよりベターな道、つまり、アメリカを世界にインスピレーションを与える国たらしめたと本誌が考える価値により近い統治へとつながります。

 

それをどう伝えるか?まずは初期のアイデアをご紹介します。

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アメリカの国旗を模した瀑布は、このような重要な選挙にふさわしいドラマチックな印象を与えます。でも、比喩としては間違っていました。断崖絶壁に達した水が奈落の底へ落ちていくのは不可避です。重力の法則は変えられません。でも選挙とは選択であり、進む方向は変えられるのです。

 

MAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン:アメリカを再び偉大な国に)というトランプ氏の空しい誇張されたレトリックをバイデンのスローガンにすり変えた構図は、トランプ氏により直接的に対峙するものです。

 

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上は別のアイデアです。

左は2016年に本誌がニューヨークで掲げた広告版です。あれから4年経った今、この広告板を復活させる価値があるのではないかと考えました。右はその最初のドラフトです。

 

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そして上がまた別のアイデアです。

バイデンを推すのではなく反トランプになっているタイトル文字は無視してください。この構図が気に入ったのは、候補者そのものよりもアメリカという概念に焦点を当てていることでした。今回の選挙が問うているのはまさにそのことだからです。細部に目を向けると、破れた国旗の縁がさりげなくトランプ氏の横顔を模しているのがわかるでしょう。

 

これらのスケッチをもとに、デザイナーは3つの最終案を練ることになりました。

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最初よりずっと良いものが出てきました。MAGAのスローガンは共和党の赤ではなく民主党の青を背景としてインパクトが強まりました。星条旗も効果的です。そして、バイデン氏を推す意図はごく控えめに表現されています。本誌がバイデン氏支持であることは明らかであり、声高に叫ぶ必要がないことがうまく反映された、バランスのよい表紙になっています。

 

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こちらも同様です。背景を黒にしたことで抑制が効いています。今日のような過熱した政治情勢の中では、落ち着きは自信を示します。写真を活用し「ald rump」を背景に組み込むことで、トランプ氏を幽霊のように漂わせながら、本誌の支持する人物にフォーカスを当てています。

 

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しかし、本当に私たちの心をつかんだのはこの案でした。それはおそらく、この表紙に主張があるからでしょう。本誌のバイデン支持は、彼自身のように、明確で率直です。星条旗はまだ空高く掲げられていますが、縁から破れ始めています。そして、その破れた縁から浮かび上がるトランプ氏の横顔は、国への怒りをあらわにしています。

 

あとは仕上げを残すのみとなりました。いつもの右上の見出しはなくしました。今週のテーマは一つだけですから。そして星条旗ホワイトハウスに掲げ、大統領職そのものの象徴としました。

 

今週のリーダー記事は、本誌の主張を網羅するのに1ページ半を必要としました。でもこの素晴らしい表紙は、一目見ただけですべてを物語ります。

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いかがでしたか?星条旗の縁の破れに、怒り狂うトランプ大統領の横顔が浮かび上がったでしょうか。。。?

 

次回もぜひお楽しみに。

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アメリカ大統領選挙:第2回討論会の戦略はずばり「沈黙は金、雄弁は銀」(2020年10月23日)

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Speech is silver, silence is gold
Donald Trump and Joe Biden press their mute buttons

 

ドナルド・トランプジョー・バイデンは、単に大統領選挙を戦う最高齢の候補者というだけではない。二人は誰よりも話が長い候補者でもある。二人のトークスタイルは異なる。トランプ氏は一つのことを長々としゃべり、バイデン氏はとりとめもなく話す。トランプ氏は個人的な不平不満を述べ、バイデン氏はストーリーを語る。たがどちらも話し好きということに変わりはない。にもかかわらず、昨夜の2回目にして最後の大統領討論会を迎えるにあたり、両陣営は自らの候補者に対し、相手にもっと話す時間を与えるようにと助言した。

 

トランプ陣営は、バイデン氏は長く話すほど脈絡のない話になりロジックを失う可能性が高いと考えた。そうなればバイデン氏の頭脳は鈍っているとの主張の信ぴょう性が増す。一方のバイデン陣営は、第1回討論会でトランプ氏が相手の発言を遮り、罵り、侮辱を繰り返したことが討論会後にバイデン氏の世論調査でのリード拡大につながったことから、トランプ氏が長く話すほど有権者の反感を買うと考えた。今回は大統領討論会を取り仕切る超党派の組織も沈黙を守る上で助けになった。第1回討論会での混乱を繰り返さないよう、討論会委員会は今回、討論会の6つのセクションそれぞれについて、最初の発言をするときには相手の候補者のマイクをミュートにした。


討論会が重要な意味を持つことはあまりないが、昨夜の討論会も例外ではなかった。両候補者ともそれなりに安定したパフォーマンスを見せた(トランプ氏は最後の30分に上り調子を見せたが)。両者のやりとりは性格の違いだけでなく、時には政策の違いさえも浮き彫りにした(この類の討論では断トツの司会者であるNBCのクリステン・ウェルカー氏のおかげでもある)。しかし、バイデン氏の世論調査でのリードが安定しており、また予想される有権者数の約3分の1に当たる5,000万人近くがすでに投票を済ませていることを考えると、トランプ氏のせっかくの沈黙の努力も遅きに失した感がある。

 

今回、戦略変更したトランプ氏の話しぶりは、同氏の中身の薄さと矛盾だらけの傾向を露呈した。例えば自分が米国の新型コロナウイルス感染症対策に対して「全責任を負う」としたすぐ後に「私のせいではない」と言った。新型コロナウイルス感染症は「中国から来たひどい病気」だが「すでに峠は越え、ウイルスは消え去るだろう」とも述べている。また、連邦最低賃金を時給15ドルに引き上げることは中小企業に大打撃を与えるとしながら、2期目にはその実施を検討すると述べた。さらには、きれいな空気と水を望むが、環境規制には反対した。米国の南の国境で親子を引き離すことの道徳性について突っ込まれると、子どもたちは「とても衛生的な施設にいる」と自信たっぷりに答えた。トランプ氏は2期目の具体的な優先政策について視聴者に何も示さず、ただ「米国の成功を確実にする」と言うだけであった。対照的にバイデン氏は、医療、気候変動、移民政策について詳細な政策を持っていることを示した。そして最後に、就任後100日以内に1100万人の非正規移民に対して市民権獲得の方策を提案すると約束した。

 

政策がトランプ氏の魅力の中心になったことは一度もない。彼は長年にわたり、自分の政策を語るよりも相手を貶めることに長けてきた。トランプ氏の主張の核心は、4年前にヒラリー・クリントン氏を破ったときと同じである:相手方候補は、ワシントンでの数十年の間に何もできなかった「腐敗した政治家」である。トランプ氏は、バイデン氏が中国、ウクライナ、ロシアから数百万ドルを受け取っているが、それはバイデン氏が公開した22年分の納税申告書のどこにも書かれていない、と主張した。

 

バイデン氏の息子ハンターについて大きく報道されていること、つまり、中国でのビジネスベンチャーで父親の名前を使って取引を行い、ジョー・バイデン氏自身も一部利益を得たとする内容は、この一連の複雑なストーリーを追ってきた有権者にアピールし、バイデン氏への不信感につながるかもしれない。しかし、そのような有権者はすでにトランプ支持側にいるとみられ、今回の疑惑が浮動票層を動かすとは考えにくい。いずれにしても、50人以上のCIA元高官が10月19日に発表した書簡の中で指摘しているように、この疑惑は「ロシアの情報操作の典型的な特徴をすべて備えている」のだ(フォックス・ニュースの記者が、ロシアの携帯電話網に接続されていると思われるスマホ上で、ハンター・バイデン氏とビジネス・パートナーの間で行われたEメールのやりとりを示しているとするスクリーンショットをツイートしている)。


バイデン氏のパフォーマンスは完璧ではなかった。討論会の後半、バイデン氏は右翼団体であるプラウド・ボーイズを「プアー・ボーイズ」と呼び、また彼らに対するトランプ氏の指示を誤って引用した。また、バイデン氏はオープニングで米国の石油からの脱却を宣言したことから、共和党はバイデン氏がテキサス、オハイオペンシルベニアといった採鉱産業が盛んな激戦州での票を失う可能性があると見ている。しかし考えようによっては、1976年に民主党候補が勝利したのを最後に、以降は共和党の牙城であったテキサスが激戦州になっているという事実それ自体が、投票日まで2週間を切ったトランプ氏の危機を浮き彫りにしている。

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ノーベル医学・生理学賞はC型肝炎の研究者が受賞(2020年10月5日)

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The Nobel prize for medicine goes for identifying hepatitis C
This year’s winners identified the virus, and have thus saved many lives

 

今年のノーベル医学・生理学賞は、肝臓に致命的な感染症を引き起こし、汚染された血液を経由して感染するC型肝炎ウイルスの同定に携わった3人の研究者が受賞した。マラリアHIV/AIDS、結核なども致命的な感染症であるが、世界保健機関(WHO)の推定によると、世界で約7,000万人がC型肝炎に感染しており、年間40万人が死亡している。過去にC型肝炎は輸血でも感染するリスクがあった。もはやそうではなくなったのは、今年の受賞者であるハーヴェイ・アルター氏、マイケル・ホートン氏、チャールズ・ライス氏の功績によるところが大きい。

 

先陣を切ったのがアルター氏の研究である。1960年代、同氏はB型肝炎ウイルスを発見したバルッフ・ブルムバーグ氏(その功績により1976年にノーベル賞を受賞)の同僚であった。肝炎ウイルスは、発見順にアルファベットで命名されている。水が媒介する病原体である「A型」は、数週間後に急性感染を起こし、その後に免疫を誘導する。しかし「B型」と「C型」はどちらも慢性化し、最終的に肝硬変や癌を引き起こす可能性がある。ブルムバーグ氏の発見はB型肝炎ワクチンの開発と輸血用血液のスクリーニングにつながった。しかし、そのようなスクリーニングを経ても、確率は低いものの肝炎が発症することが明らかになった。この頃すでにA型肝炎のスクリーニングも行われていたため、第三のウイルスの存在が示唆されていた。

 

1978年、当時米国立衛生研究所に勤務していたアルター氏は、既知のウイルスのスクリーニング済の輸血を受けたものの肝炎を発症した人の血液をチンパンジーに注射することで、第三のウイルスの存在が真実であることを証明した。これらのチンパンジーの何匹かが肝炎を発症したのである。しかし、新たなウイルスをクローン化できたのは1989年のことであった。このクローン化に成功したのが、後にノバルティス社が買収したカリフォルニアのバイオテクノロジー企業、カイロン社に勤務していたホートン氏である。

 

ホートン氏は、この未確認のウイルスに感染したチンパンジーから無作為に採取したウイルスの遺伝子を増幅し、感染したヒトから採取した抗体を投与した。抗体とは、免疫システムによって特定の病原体に特異的に付着するように作られたタンパク質のことである。ホートン氏はこの抗体がどのチンパンジー由来の遺伝子に付着するかを調べることでウイルスを分離し、黄熱病やデング熱などを引き起こすフラビウイルスの一種であることを突き止めた。これにより、輸血用の血液のスクリーニング方法の開発にも道が開かれた。

 

ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学のライス氏は、ホートン氏が同定したフラビウイルスがC型肝炎の唯一の原因であるかどうかについての詳細を解明した。チンパンジーをクローン化された精製フラビウイルスに感染させる試みは成功しなかったため、フラビウイルスの単独作用に疑念が生じていた。ライス氏は感染プロセスに重要な役割を果たしていると思われるウイルスゲノムの一部を発見したが、それは変異性の非常に高いものであった。この突然変異性が実験室での感染成功を妨げているのではないかと考えたライス氏は、遺伝子工学的な方法でこの突然変異性を除去することに成功した。するとチンパンジーはこの安定化したウイルスに感染した。

 

これらの結果、輸血用の血液についてC型肝炎のスクリーニングを常時実施できるようになり、C型肝炎の治療薬も開発された。ただ残念なことに、これでC型肝炎の流行がストップしたわけではない。豊かな国の人々は恩恵を受けている。例えば英国の死亡者数は、2015年から2017年の間に16%減少した。しかし、世界全体に目を向ければ状況は改善していない。エジプトのように最近、改善が見られる国もあるが、そうでない国もある。

 

その理由は、C型肝炎は輸血以外にも、ドラッグユーザーが注射針を共有することで広がるためである。また性的感染の可能性もある。同じような感染経路を持つ HIV/AIDSは、ウイルスが発見されるとすぐに治療法開発に向けた政治的なロビー活動が起こったが、C 型肝炎については始めは誰も立ち上がらなかった。

 

しかし、そうした状況は変わり始めている。2016年、WHOはすべてのタイプの肝炎を撲滅するための戦略を発表した。そのための手段も整っている。それを実際に行使する意志があるかどうかは、これから明らかになるだろう。

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トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染(2020年10月2日)

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Coronavirus and politics
How will Donald Trump’s covid-19 infection affect the election?

 

トランプ大統領の感染が大統領選に与える影響やいかに?

 

<全文和訳>

 

ドナルド・トランプ大統領夫妻が新型コロナウイルス検査で陽性となった。大統領選挙まであと4週間である。トランプ夫妻と家族は心配しているに違いない。そしてこのことは大統領選挙活動にも重要な影響を及ぼす。政治ジャーナリストたちは数ヶ月も前から10月にサプライズがあると憶測していたが、その一つが現実になった。

 

想定されるシナリオの一つは、特に大きな問題は起こらないというものだ。陽性反応が出ても症状が出なかったり、軽症で済む場合がある。トランプ大統領は10日間の隔離生活に入り、メリーランド州ベセスダのウォルター・リード軍事病院から必要なケアを受ける。そして10月の半ばには姿を現し「ほら、言った通りだろう。大したことはなかった」と発言する、という筋書きだ。

 

ただしこのパターンでも、トランプ大統領にとって政治的にはマイナスである。仮に同情票を集めたとしても、その影響は小さいとみられる。The Economist誌の世論調査の平均値では、トランプ氏はジョー・バイデン氏に7ポイント差をつけられているが、これを考慮するとトランプ氏を選ぶのは10人に1人だ。トランプ大統領は、議論の焦点を新型コロナウイルス関連つまり政権の対応のまずさとそれによる経済への影響から他へ移そうとしているが、自身の感染により、今後10日間はその取り組みがストップする。隔離が終了する頃には、バイデン候補との差を埋めるための時間はあまり残されていない。

 

隔離期間中、米国民は、トランプ氏が常にウイルスの脅威を軽視し、そのうち消滅するとすら発言していたことを思い出すだろう。9月29日の夜に行われた第1回大統領選挙討論会で、トランプ氏は必要な時だけマスクを着用していると述べ、マスクの常時着用を主張するバイデン氏をあざ笑った。「私はバイデン氏のようなマスク着用はしない。彼はいつでもマスクをしている。私から数十メートル離れたところで話すとしてもマスクをしているだろうし、今日は私が今まで見た中で最大のマスクをつけている」と言い放った。そして討論が進むにつれ、パンデミックの終わりが見えてきたと主張した。

 

ホワイトハウスは長い間、トランプ大統領とその側近は常に検査を受けているため、大統領はマスクを着用する必要がないと言い続けてきた。それは正しいかもしれないが、このようなスタンスを取ることで、米国疾病対策センター(CDC)のマスク着用の呼びかけを弱体化してきた。CDC所長は一貫して、マスクを着用することでウイルスの拡散を遅らせることができ、それが他者を守ることになると主張している。大統領の曖昧な態度と新型コロナウイルス感染症による20万人超の死者との関連性は誰もが多少なりとも感じている。

 

もちろん、別のシナリオもある。4月に感染し重症化した英国のボリス・ジョンソン首相のような展開だ。新型コロナウイルス感染症で入院した人に対する治療はこの数ヶ月の間に改善しており、それが米国で同感染症による死亡率が低下している理由の一つとされている(もう一つの理由は検査数の増加である)。ただし、トランプ大統領は3つの危険因子、つまり男性であること、高齢(74歳)であること、BMIが30以上であること(米国衛生研究所によると大統領のBMIは4月以降30.5となっている)を満たしている。元CDC所長であるトム・フリーデン氏は自身のツイッターで「74 歳の場合の死亡率は約3%、重症化リスクは10-15%。男性、肥満者はより高リスクである」と指摘している。70代の人は別の疾患を持つ人も多く、それが高リスクにつながっている。もちろん、大統領は世界最高水準の医療を受けられるであろうが。

 

トランプ大統領に万一の事態が発生した場合、ジョン・F・ケネディ暗殺後に批准された憲法修正25条の下で、マイク・ペンス副大統領が職務を遂行することになる。ペンス氏の報道官はツイッター上で、副大統領夫妻が共に陰性であることを表明している。

 

しかし、不確実性はそれだけではない。さらに驚くような第3のシナリオがあり、それは現在予想されている今回の選挙結果をひっくり返す可能性があるのだ。このシナリオも今から11月3日までの間に考えられる事態の一つとして想定しておかなければならない。それは、トランプ氏が回復する一方で、バイデン氏が選挙直前に感染・発症するというものだ。

 

それはありえないことかもしれない。90分間にわたりTV放映され非難の応酬に終わった第1回討論会の場で、バイデン氏は大統領から2メートル離れたところにおり、検査も陰性だった。しかし、また新たな一週間が始まり(週明け早々、ニューヨーク・タイムズ紙が大統領の税金問題を暴露した)、この米国大統領選挙戦で次に何が起こるのか、もはや誰にも予想はできない。

 

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