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ノーベル医学・生理学賞はC型肝炎の研究者が受賞(2020年10月5日)

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The Nobel prize for medicine goes for identifying hepatitis C
This year’s winners identified the virus, and have thus saved many lives

 

今年のノーベル医学・生理学賞は、肝臓に致命的な感染症を引き起こし、汚染された血液を経由して感染するC型肝炎ウイルスの同定に携わった3人の研究者が受賞した。マラリアHIV/AIDS、結核なども致命的な感染症であるが、世界保健機関(WHO)の推定によると、世界で約7,000万人がC型肝炎に感染しており、年間40万人が死亡している。過去にC型肝炎は輸血でも感染するリスクがあった。もはやそうではなくなったのは、今年の受賞者であるハーヴェイ・アルター氏、マイケル・ホートン氏、チャールズ・ライス氏の功績によるところが大きい。

 

先陣を切ったのがアルター氏の研究である。1960年代、同氏はB型肝炎ウイルスを発見したバルッフ・ブルムバーグ氏(その功績により1976年にノーベル賞を受賞)の同僚であった。肝炎ウイルスは、発見順にアルファベットで命名されている。水が媒介する病原体である「A型」は、数週間後に急性感染を起こし、その後に免疫を誘導する。しかし「B型」と「C型」はどちらも慢性化し、最終的に肝硬変や癌を引き起こす可能性がある。ブルムバーグ氏の発見はB型肝炎ワクチンの開発と輸血用血液のスクリーニングにつながった。しかし、そのようなスクリーニングを経ても、確率は低いものの肝炎が発症することが明らかになった。この頃すでにA型肝炎のスクリーニングも行われていたため、第三のウイルスの存在が示唆されていた。

 

1978年、当時米国立衛生研究所に勤務していたアルター氏は、既知のウイルスのスクリーニング済の輸血を受けたものの肝炎を発症した人の血液をチンパンジーに注射することで、第三のウイルスの存在が真実であることを証明した。これらのチンパンジーの何匹かが肝炎を発症したのである。しかし、新たなウイルスをクローン化できたのは1989年のことであった。このクローン化に成功したのが、後にノバルティス社が買収したカリフォルニアのバイオテクノロジー企業、カイロン社に勤務していたホートン氏である。

 

ホートン氏は、この未確認のウイルスに感染したチンパンジーから無作為に採取したウイルスの遺伝子を増幅し、感染したヒトから採取した抗体を投与した。抗体とは、免疫システムによって特定の病原体に特異的に付着するように作られたタンパク質のことである。ホートン氏はこの抗体がどのチンパンジー由来の遺伝子に付着するかを調べることでウイルスを分離し、黄熱病やデング熱などを引き起こすフラビウイルスの一種であることを突き止めた。これにより、輸血用の血液のスクリーニング方法の開発にも道が開かれた。

 

ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学のライス氏は、ホートン氏が同定したフラビウイルスがC型肝炎の唯一の原因であるかどうかについての詳細を解明した。チンパンジーをクローン化された精製フラビウイルスに感染させる試みは成功しなかったため、フラビウイルスの単独作用に疑念が生じていた。ライス氏は感染プロセスに重要な役割を果たしていると思われるウイルスゲノムの一部を発見したが、それは変異性の非常に高いものであった。この突然変異性が実験室での感染成功を妨げているのではないかと考えたライス氏は、遺伝子工学的な方法でこの突然変異性を除去することに成功した。するとチンパンジーはこの安定化したウイルスに感染した。

 

これらの結果、輸血用の血液についてC型肝炎のスクリーニングを常時実施できるようになり、C型肝炎の治療薬も開発された。ただ残念なことに、これでC型肝炎の流行がストップしたわけではない。豊かな国の人々は恩恵を受けている。例えば英国の死亡者数は、2015年から2017年の間に16%減少した。しかし、世界全体に目を向ければ状況は改善していない。エジプトのように最近、改善が見られる国もあるが、そうでない国もある。

 

その理由は、C型肝炎は輸血以外にも、ドラッグユーザーが注射針を共有することで広がるためである。また性的感染の可能性もある。同じような感染経路を持つ HIV/AIDSは、ウイルスが発見されるとすぐに治療法開発に向けた政治的なロビー活動が起こったが、C 型肝炎については始めは誰も立ち上がらなかった。

 

しかし、そうした状況は変わり始めている。2016年、WHOはすべてのタイプの肝炎を撲滅するための戦略を発表した。そのための手段も整っている。それを実際に行使する意志があるかどうかは、これから明らかになるだろう。

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