#The Economistをサクッと読む

英エコノミスト(The Economist)の最新記事を日本語で紹介しつつ、日々の気づきを徒然につづります

The Economist:表紙づくりのウラ話(2020年11月7日号)

The Economistの定期購読者限定で、毎週初めに、最新号の表紙デザインをどう決めたか?という編集部ウラ話がメールで送られてきます。このストーリーを読むと、その週のThe Economistの主張が見事に表紙デザインに反映されていることがわかります。

さて米国の大統領選挙を特集した今週号。投票後の決着がつかないまま印刷の締め切りを迎えることになった編集部のギリギリの賭けとは。。。

f:id:Simple333:20201108121551p:plain

今週はこの表紙デザインの編集部ウラ話!

選挙を特集した今週号の表紙は、米国にとって特別な意味を持つものです。本誌表紙デザイナーもいつになく状況に翻弄される1週間となりました。問題を一言で言えば、印刷の締め切りが水曜日の夜で、大方の読者が表紙を目にするのが、米国の選挙の結果がすでに判明しているかもしれない木曜日の夜遅くか金曜日だということでした。(実際のところは、ついさっき、ジョー・バイデン氏が大統領選挙の勝利に必要な選挙人投票数270票に到達したばかりです。大統領選および上院・下院選の最新ニュースと分析記事も併せてご覧ください。)

安全策を取ればピントの外れた表紙になりかねません。一方で先を読んで勇み足になると誤報のリスクがあります。あらゆる見出し記事の担当者の脳裏に焼き付いているのは、1948年11月3日のシカゴ・トリビューン紙の誤報(訳注1)。明らかに、このジョークはハリー・トルーマンには通じませんでした。

f:id:Simple333:20201108121812j:plain



間違いは起こるものです。実は先週のこのレターで、本誌が「ドナルド・トランプに投票するな(Donald Trump)」と読み替えた広告版を掲示した(訳注2)とお伝えしましたが、これは何者かのなりすましによる虚偽の画像(訳注3)でした。ここに誤りをお詫びして訂正します。しかし、絶対に許されない誤りも存在します。選挙結果の伝達は正しく行う必要がありました。

 

それゆえに、今週号についてデザイナーはあらゆる結果を想定して準備しました。本誌は、バイデン氏がフロリダで勝てば早い段階でバイデン氏が勝利する可能性があると見ていました。また、ドナルド・トランプ大統領が勝利するとすればペンシルベニア州で勝つ必要があり、同州での郵便投票の開票が遅れて始まることから、勝利の確定には時間がかかると考えていました。さらには勝敗がつかない状況もあり得ると想定していました。

こうしたことを念頭に置いた初期の案のいくつかがこちらです。

f:id:Simple333:20201108122106j:plain

ワーナー・ブラザースをほのめかすような表紙はコミカルで、ホワイトハウスの主によるパフォーマンスショーを思い起こさせます。しかし、このような重大局面が持つ意味を正しく表現するものでは到底ありませんでした。また、これからマイクを握る人物でなく、ステージを去る人物にフォーカスが当たっています。

ソファの構図もどこかコミカルです。これまでの展開に疲れ果てた人々は、「間違った」結果が出るかもしれないと恐怖を感じながらも、ひたすら終わりを望んでいます。トランプ大統領の4年間で米国は大きく分断されたことを思えば、皆が同じソファの後ろに隠れていること自体がこの案を風刺画にしています。

 

f:id:Simple333:20201108122201j:plain

結果の不確実性に対応するためのもう一つの手段は、すでに分かっていることに集中することです。この表紙は、米国社会の分断を強調することで、混とんとした状況の中ですでに確実なことを示そうとしています。真ん中の裂け目は、党派の対立をうまく象徴しています。このアイデアは完成した表紙に採用されました。しかし、米国社会の対立は南北だけではなく、都市部と地方、沿岸部と内陸部、信者と非信者など、数え挙げればきりがありません。

 

f:id:Simple333:20201108122648j:plain

また、はっきりと勝敗がついていなくても、どちらかにレースが傾いているという感覚はあるだろうと思いました。これらのデザインには、文字でそれを伝えることができるという利点があります。デザイン画とは違い、文字ならば締め切り直前まで手を加えることができます。

 

水曜日の早朝、複数の激戦州で、トランプ氏の得票率が世論調査の予想よりもずっと高いことが明らかになりました。どちらが勝ってもおかしくありませんでした。そうとはいえ、印刷の締め切りが迫っていました。2つの選択肢がありました。

 

 

f:id:Simple333:20201108122832j:plain

こちらが緊急時の選択肢でした。締め切りが近づく中でまったく勝敗の行方がわからない場合はこちらで行こうと決めました。接戦が扇動や訴訟に発展する可能性もありました。この時点ですでに、トランプ氏は票が盗まれたとの主張を開始していました。タイトル文字は、戦時中のイギリスのスローガン(訳注4)をもじったもので、開票が進む中で米国が秩序を保つことを訴えています。

 

時間が経つにつれ、バイデン氏の優勢が伝えられるようになりましたが、当選確実かどうかはわかりませんでした。まだトランプ氏が270人の選挙人を獲得する可能性は残されており、訴訟の動きも見せていました。私たちは印刷会社に頼み込んで締め切りを木曜日の午前7時まで延ばしてもらい、なんとかあと数時間の猶予を得ました。

 

f:id:Simple333:20201108123113j:plain

その新しい締め切り時間が迫る中、こちらの選択肢を取ることに決めました。この表紙は、勝敗の行方がバイデン氏に傾いているのを明示しています。一方で、トランプ氏もまだ陰に潜んでいて、前面に飛び出る隙をうかがっています。裂け目が共和党の赤と民主党の青を分断しています。そして最後の最後まで、タイトル文字をどうするかの議論を戦わせました。この案のように、バイデン氏の勝利を宣言するだけにとどめるか?それとも、より中立的に、接戦となったことを強調するタイトルにするか?

 

結局、私たちはすでに分かっていることだけを伝えることにしました。デューイがトルーマンを倒した、というあの誤報の教訓を思い出して。

 

(訳注1)

1948年11月3日のシカゴ・トリビューン紙の誤報については、こちらの記事が参考になります:デューイ、トルーマンを破る - Wikipedia

(訳注2)

先週のレターはこちら。3つ目に掲載された画像のことを示しています。

(訳注3)

問題の画像が虚偽だったことについては、こちらの記事が参考になります:Is »The Economist« really campaigning against Donald Trump with billboard ads? | by Tibor Martini | Tibor Martini | Medium

(訳注4)

戦時中のイギリスのスローガンとは「Keep Calm and Carry On (平静を保ち、普段の生活を続けよ)」のこと。こちらの記事が参考になります。ここから「Keep Calm and Count On(平静を保ち、開票を続けよ)」ともじっています。

 

***

 

英国The Economist(エコノミスト) 31%OFF | The Economist Newspaper Limited | 雑誌/定期購読の予約はFujisan